【春のホラー週間・2冊目】恩田陸『私の家では何も起こらない』

『闇祓』で感じたぞわぞわがおさまらないうちに手に取ったのは、恩田陸『私の家では何も起こらない』。

人怖の気が強かった『闇祓』に対して、『私の家では――』は王道の幽霊もの……と思ったけれど、よくよく考えてみると、こちらもけっこう人怖かもしれない。

それというのも、幽霊が幽霊として乾ききっていないのだ。幽霊たちの周りには「これこれこういう経緯で死んだらしい」という話が当たり前に転がっている。来歴を辿ろうと思えば、容易に生きていた頃まで遡れてしまう。だからだろう、本作の幽霊たちは「おばけ」と呼ぶには、肉の気配を纏いすぎている。

お話の舞台は、とある丘の上に建つ、小さな家。

この家に人が越してきては、陰惨な状況で人が死ぬ。死ぬのはこの家の住人だけでなく、近所に住む少年だったり、幽霊屋敷の異名に惹かれてやってくるホラーマニアだったりする。この家でどれだけの人間が死んだかと言えば、見る人が見れば、家の中にぎゅーぎゅーに幽霊がひしめき合っているのがわかるほど。とにかくたくさんの人間が死んで、新たに引っ越してきた人間たちも、幽霊たちの生前の行動をなぞるように、普通とは言い難い死を迎えていく……。

あらすじだけを見ると、よくある怖い話じゃないか、わざわざ読むほどじゃないなー、とお思いかもしれない。でも、でも、違うんだ……! ちょっとだけお耳を貸してはくれませんか?

まず、1話目の迫力が半端ない。

丘の上の家の現在の主である女は、ある日、知らない男の訪問を受ける。その男ははばかることなく女の住まいを「幽霊屋敷」とのたまい、それだけにおさまらず、「こんな事件もあった」「あんな事件もあった」と、屋敷で過去に起きた陰惨な事件を並べ立てる(この男も怖いけど、この話を平然と聞いている女も怖い)。そしてあげくの果てには、階段下の暗がりを指して、「ここにあなたの叔母を埋めた」と言い出す。

男の話の全てが嘘だとしても、それはそれで怖い。本を読んでいるだけの私でさえ怖いのだから、面と向かって――暴力の届く距離で――話を聞いている女は、さぞ怖かろうと思うのだけれど……彼女は最後まで動じない。怯えを悟られないようにしているというわけでもなく、凪いだ気持ちで、夕食のことを考える余裕すらある。

  • そう、正者の世界は恐ろしい。どんなことでも起きる。どんな悲惨なことでも、どんな狂気も、それは全て生者たちのもの。
  • それに比べれば、死者たちはなんと優しいことだろう。過去に生き、レースのカーテンの陰や、階段の下の暗がりにひっそりと佇んでいるだけ。だから、私の家では決して何も起こらない。

生活空間に幽霊が存在することも、家の辿ってきた、どうやら普通ではないらしい来歴も、彼女にとっては『風が吹きました』くらいの出来事なのだろう。

風が吹いた! と、いちいち驚いていては生活は立ち行かない。けれど、” だから “、「何も起こらない」とあえて言っている訳でもなく、ただただ彼女にとってはそうなのだと、たった20ページ足らずで分からせてくる、恩田陸が怖い……!!

……話数を進めるほど、登場人物が死者なのか生者か、どんどん分からなくなっていきます。幽霊ってなんでこわかったんだったっけ? と、恩田陸の静かな文体によって、認識を歪まされたい方におススメです。

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